LOGIN白のモーニングにブルーのアスコットタイを結んだ僕は、式の前に新婦控室で真っ白なベアトップのウェディングドレスに身を包んだ絢乃さんと向き合っている。僕たちの出会いから今日に至るまでのあれこれを二人で思い出しながら話していたのだ。 ちなみに、ブルーのタイを選んだのは僕が婿入りする立場だからで、一応「サムシング・ブルー」になぞらえてみたのだ。絢乃さんも少し呆れていたのものの、「今は多様性の時代だし、いいんじゃない?」と受け入れて下さった。これが僕たちの結婚の形だと思えば、これもアリなのだろう。 僕たち二人の出会いが運命だったのだと嬉しそうに語った絢乃さんに、僕も同意した。僕を変えて下さったのは紛れもなく彼女だったのだから、本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。「僕も、絢乃さんに出会えてよかったです。もう二度と恋愛なんてゴメンだと思ってましたけど、そんな僕をあなたが変えて下さったんです。ありがとうございます」 万感の思いを込めてそう言うと、彼女は静かに、でも大きく頷いて下さった。「絢乃さん、こんな僕ですが、末永くよろしくお願いします」「……何かそれ、もう完全に花嫁さんのセリフだよね」 一般的なカップルとは立場が逆転したセリフのやり取りに、二人で笑い合う。でもこれでいい。 そうこうしているうちに、加奈子さんが僕を呼びに来た。フォトスタジオで撮影の準備が整ったらしい。「はい、今行きます! ――絢乃さん、では僕は先に行っていますね。フォトスタジオでお待ちしています」 絢乃さんに「じゃあまた後で」と送り出され、控室を後にした僕は、入れ違いに加奈子さんと一緒に控室へ入っていった紳士のことが気になった。亡くなった源一会長によく似た顔の彼は、もしかしてアメリカにお住まいだという絢乃さんの伯父さんだろうか。 そして今、僕はスタジオで絢乃さんが来られるのを、これまでに感じたことのない大きな喜びの中で待っている。生まれて初めて心から本気で愛した女性と、今日人生で最良の日を迎えられた喜びを噛みしめながら。 ――源一会長、僕はあなたとの約束をようやく果たせます。僕はこれから、絢乃さんと二人で絶対に幸せになりますよ。 僕はこの先もずっと、彼女のことを大切に守っていきます。 だって彼女は、僕の人生において最愛の人だから――。 E N
卒業式には僕も参列させて頂いた。普段のスーツに白い礼服用のネクタイを締め、愛車で学校へ向かうと来客用の駐車場にクルマを停めさせてもらった。ビシッとパンツスーツで決め、胸に白いコサージュを着けた加奈子さんともそこで合流した。「――絢乃、卒業おめでとう。パパが亡くなってから今日までよく頑張ってきたわね」「絢乃さん、ご卒業おめでとうございます」「ママ、ありがとう! 貢も来てくれたんだね。ありがと」 お母さまと一緒に僕もいたことに、絢乃さんは大変喜ばれていた。僕は彼女の最後の制服姿をこの目に焼き付けておこうと思い、じーっと凝視していたのだが。「……ん? どうしたの、貢。わたしのことじっと見つめちゃって」「ああ、いえ。これで絢乃さんの制服姿も見納めかと思うと」「そうだよね……。これからはただのコスプレになっちゃうもんね。よかったら写真撮る?」 彼女のご厚意に甘えてスマホで撮影させて頂き、2ショットでの自撮りにも応じて頂いた。 彼女は卒業後、大学へは進学せず篠沢グループの経営だけに専念されている。やっぱり彼女は経営者になるべく生まれてきた人なんだなと思う。 ちなみに里歩さんは体育教師を目指すべく大学へ進まれ、唯さんはアニメーターを目指して専門学校に通われている。絢乃さん曰く、三人の友情はこれからもずっと続いていくのだそうだ。 四月には両家顔合わせを兼ねた食事会が篠沢邸で開かれ、僕の両親と兄が初めて絢乃さんのお宅を訪れた。そして、兄と一緒に訪れたもう一人の女性は栞さんといって、なんと兄と授かり婚をした奥さんだ。絢乃さんも「いつの間に……」と驚かれていた。 テーブルに並んだ数々の料理は絢乃さんと加奈子さん、家政婦さんとコックさんの四人で作られたそうで、どれも美味しくて両親と兄夫婦もたいそう満足していた。 デザートとして出されていったイチゴのシフォンケーキはスイーツ作りが得意な絢乃さんのお手製で、母が「絢乃さんってお菓子も作れるのね」とえらく感服していた。私も教えてもらおうかしら、なんて後から言っていた。やっぱりこの二人はいい嫁姑になれそうだ。 * * * * ――その後間もなく僕はアパートを引き払って篠沢家に同居することになり、迎えた今日、六月吉日。朝からよく晴れた今日は、絢乃さんと僕の結婚式当日である。 僕たちが式を
――絢乃さんと初めて交わった翌朝。僕が目を覚ますとベッドに中に彼女の姿はなく、代わりにキッチンから何やら水音がしていた。……ん、キッチン? ユニットバスじゃなくて?「おはよ、貢。コーヒー、淹れようと思って」 ベッドから出てキッチンへ行くと、キレイに身支度を済ませていた彼女はケトルでお湯を沸かそうとしていた。前夜のことがまだ鮮明に残っていたせいか、ちょっと気まずそうにされていた。「……ああ、おはようございます。コーヒーなら僕がやりますよ」「あ、ありがと……。じゃあわたし、朝ゴハン作ってあげようかな。トーストと……ベーコンエッグでいい?」 彼女は冷蔵庫を開け、中の食材を確かめながらそうおっしゃった。 その頃には僕も朝食など簡単な料理くらいはできるようになっていたので(これも兄弟の血筋のせいなのだろうか)、必ず何かしらの食材は入っていた。「はい、それで大丈夫です。……あの、絢乃さん」「ん?」「体、大丈夫ですか? 腰とか股関節とか」 女性は初めての性交渉のあと、体を痛めることがあるらしい。僕にはそれが心配で、それと同時に僕のせいでそうなってしまったのではという申し訳ない気持ちもあった。「大丈夫だよ、何ともない。……もしかして貢、責任感じてるの?」「……えっ?」 食パンを二枚オーブントースターにセットし、ベーコンエッグを焼きながら絢乃さんはまるで母親みたいにこうおっしゃった。「貴方は何も悪いことしてないでしょ? そんなことでいちいち責任感じてたら胃に穴開いちゃうよ?」「…………はぁ」「だから、貴方は何も気にしなくてよろしい。……これからもよろしくね」「はい」 ――二人で座卓を囲み、朝食を摂る。神戸出張の時にも同じようにしていたのに、前夜にベッドで抱き合っていたというだけであの時とは違う甘い空気が二人を包んでいるような気がした。 * * * * 絢乃さんが生まれて初めての朝帰りをした数日後、篠沢家の喪が明けた。 そしてそれから約二ヶ月後の三月。絢乃さんは無事に初等部から十二年間通われた茗桜女子学院を卒業された。 卒業式の日には、加奈子女史が篠沢商事の会社そのものを一日休みにされた。「卒業式の日は、絢乃会長の新たな出発の日になるんだもの。社員一丸となってお祝いするのは当然のことでしょう?」「ママ……、何もそこまでしなくても」
小さなダイヤがあしらわれたプラチナリングを左薬指にはめて差し上げると、絢乃さんはものすごく喜んで下さった。「……絢乃さん、実は……。僕、お父さまから一年前のクリスマスイブに頼まれていたんです。『絢乃さんのことを頼む』って。それには、生涯のパートナーとしてという意味も含まれていたんです。僕はやっとお父さまとの約束を果たすことができそうです。……こういうと、お父さまの言いなりでプロポーズをしたように思われそうですが」「でも、貴方は貴方自身の意思でわたしとの結婚を決めたんでしょ? ホントにありがとう」「はい。それはもちろんです」「だったらいいの。パパのことは持ち出さないで」 結婚を決めたのはあくまでも僕たち自身だった。お父さまがお決めになったわけではなく。 * * * * その夜、絢乃さんは僕の部屋に泊まって行かれることになった。それは僕たちにとってずっと待ち焦がれていた瞬間だった。――僕と彼女が初めて体の関係を持つという。 着替えがないというので急きょ購入したモコモコのルームウェアと真新しい下着を脱がせた時は緊張した。僕自身、女性を抱くのは美咲以来のことだったから。 丁寧に秘部を指や舌でほぐし、避妊具を着けて挿入する時、彼女は一瞬痛そうに顔をしかめておられたが、「大丈夫、続けて」と躊躇する僕を促して下さったので、僕はそのまま行為を続けた。「……絢乃、気持ちいい?」 行為の間は名前を呼び捨てにしてタメ語で、という彼女のお願いを聞き入れた僕が耳元でそう訊ねると、彼女は喘ぎながら「うん」と頷いた。 彼女の声はやっぱり艶っぽくて、僕の脳までとろかしていった。僕に抱かれるまで、ずっと一人でこんな声を漏らされていたのだ。でも、他の男に聞かれていなくてよかった。この声はこれからも一生涯ずっと僕だけのものだ。「絢乃さん……、僕はもう……っ」「あぁ……っ、わたしも……っ」 大事な部分を繋げ合ったまま、僕たちは幸せな気持ちで二人同時に絶頂を迎えたのだった。
そして、絢乃さんはどうして僕があの場にいたのか分からずにワケが分からない、という様子だった。 僕は彼女が無事でホッとした気持ちが膨らみすぎて、公衆の面前であるにも関わらず、彼女をギュッと抱きしめていた。 その時の僕は震えていた。彼女を失うかもしれないという恐怖心が大きすぎて、その反動だったのかもしれない。 もう、この人のことは絶対に離さない。僕が守るんだ――。そう心に固く誓った。 とりあえず、彼女には僕のクルマの後部座席に乗って頂き、僕も同じく後部座席へ移動した。 僕へ謝罪する彼女も、やっぱり何かあった時にはあのお二人に守ってもらうつもりでおられたらしい。僕はそれが面白くなく、「あなたが他の人に守られるなんて、僕はイヤなんです。あなたを守るのは僕じゃないとダメなんです」とダダっ子みたいなことを言ってしまった。 僕を守るためというなら、あえて僕と距離を置いて中傷の目を遠ざけるという方法もあったはずだが。彼女はそれがイヤだったとおっしゃった。多少危険があったとしても、お金がかかっても僕の側にいて守る方がいいと思ったと。それだけ、彼女の僕への愛は深かったということだ。「…………まぁ、絢乃さんに何もなかったからもういいです。その代わり、僕に心配をかけるのはこれで最後にして下さいね? 約束ですよ?」「うん、分かった。もう二度と、こんなことはしないって約束するから」 僕たちは指切りをして微笑み合った。彼女はウソをつけない人なので、信じて大丈夫だ。こう思えるようになったのも、もちろん彼女のおかげだった。僕もずいぶん変わったなと思う。 そして、僕はちゃんと言葉にして彼女からのプロポーズの返事を――プロポーズ返しをした。「――絢乃さん、僕、覚悟を決めました。あなたのお婿さんになりたいです。僕と結婚して下さい。お父さまの一周忌が済んで、絢乃さんが無事に高校を卒業して、そうしたら。……で、どうでしょうか」「はい。喜んでお受けします!」 彼女は万感の思いで頷いて下さり、僕たちは晴れて婚約関係となった。指輪はクリスマスイブに改めて贈ることになった。 * * * * ――そして迎えた、絢乃さんと二人きりで過ごす初めてのクリスマスイブ。 僕たちは会社帰りにお台場のツリーを見に行き、オシャレなレストランで夕食を摂った。ちなみに絢乃さんはすでに学校が冬休みに
――絢乃さんと〈U&Hリサーチ〉のお二人とで立てられた作戦決行の日は土曜日だった。 土曜日はキックボクシングの練習がある日なのだが、僕も作戦の行方が気になっていたのでその日は練習を休んで決行場所に行くことにした。絢乃さんにはお知らせせずに。『――桐島さん。あんたも作戦のこと気になるだろ? だったら、篠沢会長には内緒で見届けに来ればいい。今度の土曜日、新宿の駅前で決行することになってるから』 事務所を訪ねた日の帰り、内田さんがそう声をかけて下さったのだ。作戦の内容についても、その時に説明されたのだが……。 別れた女性には必ずリベンジポルノを仕掛けていたという小坂リョウジを絢乃さんがわざとデートに誘い、そこで彼の本性を暴いてその様子を真弥さんが乗っ取った彼の裏アカウントからライブ配信するという作戦に、僕は卒倒しそうになった。大丈夫なのか、この作戦!? 絢乃さん、まだバージンのはずだろ!? 彼女に何かあった時のために、武闘派刑事だった内田さんと空手の有段者だという真弥さんがボディガードも兼ねるというが、その役目は僕じゃダメだったのだろうか……。 その日、絢乃さんは背中のパックリ開いたシースルーのミニワンピースをお召しになり、その上からレザージャケットを羽織っていた。そういえば、夏に胸元と袖の部分だけがシースルーになっているワンピースをデートに着て来られたことがあったが、もしかしたらその服と一緒に購入されたのかもしれない。どうでもいいが、遠目から見ても目のやり場に困る。 やがて、何も知らないであろう小坂さんがのほほんとした様子で現れ、普段より大胆な格好をした絢乃さんをナンパし始めたが、絢乃さんは堂々と彼に啖呵を切った。「わたしが貴方を誘惑するわけないじゃないですか! 彼を傷つけた相手を好きになるわけないでしょ? 貴方の頭の中、お花畑ですか? ……わたし、貴方なんか大っっっキライです!」 彼女のおっしゃった「彼」というのは僕のことだとすぐに分かった。僕を守るためにここまでして下さっているんだと、僕の胸が熱くなった。 やがて内田さんと真弥さんも姿を現し――二人とも、どこに隠れていたんだろうか――、この状況がSNSでライブ配信されていることを暴露したことで、作戦は無事成功したようだった。 ……が次の瞬間、怒り狂った小坂さんが絢乃さんに襲い掛かろうとした